どっちも必要?

苦しみの事について書こうと思ってたら、
後半段々自動書記のようになってしまいました。

毎回似たような感じで、繰り返しになるのですが、
まだそれを信じたり受け入れたりし切れていないのかなぁと
思います。

否定ばかり信じ過ぎてきたのかも、と
いう気もします。ネガティブもポジティブも両方あって、
世界が回ってる(永遠を作ってる)感じもします。

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苦しみの価値

事実の見る方向や自分のいる場所によって、感じ方が
変わってしまう。

悲劇を選ぶのか、そうでないものを選ぶのか、という選びが
ある事自体を知らないまま、ずっと生きていたのかも知れない。

苦しみの中にいる事は、自分を愛さないという選択になる。
だけど、愛を知らないうちに、そう出来ない事を責める必要もない。

だから私のうちにいる事を信じる為に、祈る事が必要だったと
思う。

信じる事は、私を見出す事だ。
私を信じることから、知る事が出来る。
知らなかったという事を、知る為に。

だから、今のこの時を、私はいつも喜びに導いている。
だから、いつもわたしといる事を、忘れる事のないように。

今もいつも、わたしがいると信じるという事が、
ともにあるという事なのだ。

いつもともにいる。あるという事を知るために、
ともにある。




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